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学びは関係性?
 随所で議論が飛び火しておりますが、大学関係者じゃない人が(どんな意見であれ)大学って何よ問題に首を突っ込んでくださっていることは、大変ありがたく思っております。まあ都立大学には知人が居ないわけでもなく、クビダイ問題の細部に突っ込んだ議論を微妙にスルーしていることについては、ご理解を賜りたく存じます。
 さて、私のblogからの引用が、
学ぶ人Aがいて、学ぶ人Bがいて、互いに相手を意識して関係ができると、極端に言えば教えるという行為がまったくなくても学習組織として成り立ちます。
 というところに集中しているので、若干補足説明をさせてください。これは「状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加」という本を下敷きにした話です。例えば女系家族で助産婦業を引き継いでいく一族を調べると、全然「職業教育」をしている様子がないのに、いつの間にかちゃんと助産婦の仕事を覚えている。そうかと思うとある肉加工職人組合では、職場研修をちゃんとやっているのに、そこで簡単な仕事にこき使われるばかりで肝心の仕事が覚えられない。なんでこんな差が生じるのか? 前者は(周辺に)参加させてもらって、先輩の体験談を聞かせてもらっているのに、後者は覚えるべき仕事をドアの向こうでやっていて、見よう見まねの見習者としてすら参加させてもらってない。違いはそこだ! 参加だ! まったく同じことはやっていないとしても、互いに関係性を持つことが「学び」の成立する鍵なんだ! という内容。
 こう考えると、「学校」というのは特殊な関係下の「学び」の場だといえます。だから学校内ではそれで通用もし卒業もできるのに、外に出たらまったく役に立たない学習内容が生じてしまうわけです。
 だから特に学部段階では、学校の中の関係性も変えて、社会でよくある関係にうまく入っていけるよう学生を仕向けないといけません。そうしろという圧力は大学にちゃんとかかっています。就職率はどうなんだ、どういう子が育つんだと、受験生(の親)ばかりでなく、高校の進路指導担当者が尋ねてくるんですよ。うまくできているとは言えませんが、自分が今何を期待されているのか、たいていの大学は理解し始めています。そういう矢面に立っている先生方は忙しすぎてblogが書けないだけです。理系は知りませんし人文系も知りませんけれども、経済・経営系で資格取得にうるさくない大学は、「人と話し合いつつ現場でその日その日の困ったことを何とかする能力」を教え子の売り物にするしかない、と思っています。その能力は「問題解決能力」とか「課題探求能力」とかきれいに呼ばれます。もっと短く「生きる力」といってもいいでしょうね。言われたことを言われたとおりちゃんとやる能力では、専門学校を出た子供たちに勝てるとは思えないんです。大学卒の仕事をしようと思ったら、自分からできなきゃダメなんです。そのように1年生を励まし勉強法を教えるような「10年前にはなかった科目」を担当して、10年前のノートを読んで通用するわけがありません。教師も否応なく変わっています。ただそれを比べたり発表したりする仕組みを作るのに手間取っていますが、それができないと大学間競争に負けますから、すぐにここも変わってくるでしょう。
 しかし社会に出て社会の関係性にどっぷり組み込まれたいいオトナが、職場関係の中でぶつかった問題について勉強するなら、本当に教師なんか要らないのかもしれません。それはまだ職場につかりきっていない若い社会人がMBAへ行って、知らなかったケースを詰め込んで成り上がってやろうという望みとは微妙に違っています。そういう人にはそういう人にふさわしい、ちゃんと教師のいる学びがあるでしょう。
(一部の)社会人大学院はみんなが勝手に切磋琢磨する学びのパターンと並列したり、制度が許せば(あるいは学位が要らない人は制度を無視して)そういう存在に変わってしまったりする可能性があります。てんでに持ち込まれたテーマをさばく教師には、引き出しの数がとんでもなく多いとか、ぱっと見た問題から既知のパターンを見つけるのが早いとか、MBAコースとは別種の才能が必要です。そうした大学院は、そうしたノウハウの蓄積や成果をアピールすることになるでしょう。
 それとは別ですが、なんの実利もなく、学歴も求めず、ちょっとだけ楽しみとして学問に触れるニーズは、あるんですよ。タダで市民講座の募集なんかをかけると盛況です。アメリカの公立短期大学は地方自治体丸抱えの低学費で、ちゃんと勉強すれば卒業証書も出ますけれども、そういうニーズも相当捕まえているんだと思います。それを専業にする大学は日本ではなかなか出ないでしょうが、大学の持つメニューとしてはもっと量も幅も広がってくるんじゃないかと思いますね。たとえて言えば、いいオトナが1万円札を1枚出して、「学問の面白いとこ見繕ってこれだけ包んでよ」みたいな。そういう人が何人か集まると公的助成やら大学の宣伝やらが組み合わさって、ちょっとした連続番組(講義とは限りません)が成立するかも。そうした出し物は再演可能ですから、キャッツみたいな人気出し物をどれだけ抱えているかが大学の経営を分ける時代が来るかもしれません。
| 並河 永 | 大学教育 | 19:58 | comments(2) | trackbacks(1) |
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コメント
並河先生、亀レスですみません。

> なんの実利もなく、学歴も求めず、ちょっとだけ楽しみとして学問に触れるニーズ

これ、見事にすくい上げて商業化している企業があるんですよ。
「クラブツーリズム」という旅行代理店です。
ご興味があれば調べてみて下さい。面白いです。
| R30 | 2005/02/05 12:14 AM |
 なるほど。顧客をグループとして捕まえておきたい企業が、グループをつなぐノリのひとつとして学問を使うわけですね。本業で出来た顧客同士のつながりと相乗効果もあると。介護サービスなんかにも応用できそうですね。いいネタをありがとうございます。
| 並河 | 2005/02/05 8:51 AM |
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