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むかしのおかしのはなし
 最初期の社会調査に1918年から始まった月島調査(もんじゃ焼きで有名なあの月島)があります。当時の労働者は、びっくりするほど生魚を食べていません。というか(大正末期に始まる家計調査と照らし合わせると)副食費をあまり使わず、もっぱら主食にお金を使っています。そんな中でも、家計支出に占める比率で言うと、菓子への支出はむしろ今より多いのです。
 で、月島調査でも指摘されているし、昭和14年の臨時国勢調査(配給制度を敷くための特別調査で、今の商業統計に近い)でもそうなのですが、人口当たりの菓子店が猛烈に多いのです。これは江戸の都市設計に一因があって、各町内を木戸で閉じられた空間として夜間は締め切ってしまい、入り口の番人を町内の負担で雇わせたので、薄給で角地に住んでいる番人たちが駄菓子と草履を売るのが習慣でした。月島は明治期に埋め立てられた庶民の町なのに、路地の各入り口はたいてい駄菓子屋だと月島調査に記述があります。
 この猛烈に多かった駄菓子屋さんが、戦後一貫して減り続けました。日本の中小小売店が大型店と競争して減ったといいますが、じつは生鮮食料品店が増えたり減ったりするトレンドとはおそらく全然別のトレンドとして、菓子・パン店の減少があるのです。1970年代からスーパーマーケットの生鮮食料品売り場が充実して小売市場(生鮮食料品店や日用品店の集合体)を圧倒していきますが、その一方でやはりこのころから、ファーストフード店が菓子・パン店の昼食需要を奪って、菓子・パン店の減少に拍車をかけたのだろうと私は考えています。
 というような話を、近々やってくるタイの大学生たちにお話しようかと考えているところです。
| 並河 永 | - | 11:13 | comments(4) | trackbacks(2) |
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コメント
面白い話ですね。
最近、住んでる町の肉屋とか魚屋などが減ってきています。それぞれ区域で1店舗程になってきています。景気が悪くなって、廃業してきている店が増えたのでしょうね。結果、1店舗になってしまって、商売としては成り立っていくのかと思っています。
| maida01 | 2005/02/15 1:11 PM |
外国人に語るとのことなので、名も無い私の考え(実体験)をば。

小さな町で商売をしていて得ることができる年収と、そこいらで雇われて
得る事ができる年収の差額がのっぴきならなくなってしまい、親が子供に
家業を継がせるよりも、どこかに勤めた方が金になるという考えにより
店を畳むという現象もあります。

あと、妙に潔いことを良しとする風潮がある世代もあり、どうしようも
なくなってから店を畳むんじゃなく、まだいけるうちに畳んじまおうと
いう考えで閉めてしまうこともあります。

もう一つ。商店街が成立する人の賑わいが確保できなくなっている理由の
一つに、地方では車社会に完全に移行してしまったという事実が挙げられ
ます。数千台規模の駐車場を確保するイオン系などの大型小売店が現在の
商店街と言えばそう言えるかもしれませんが、駅周辺でターミナルとして
機能した軌道時代の商店街が消え往くのは必然なのかもしれません。

日本は結果的に現在も良い国だと思います。
各戸で、場合によっては各個人個人向けに車輛を所有することもできます
し、現在はものを喰うに困らない社会体制にあります。その中でこれまで
通用してたものが消えてゆくのに一抹の寂しさが無いわけではありませ
んが、まだ頑張っている小さな零細小売店などに脚を運ぶのもかろうじて
愉しみにできる最後の世代なのかもしれない今を思うと、今はもう今今と
過去になりますが、この今をさえ愉しみにできる有り難さがないわけでは
ありません。

懐古趣味が多分にある私のような者がそこそこの数に至れば、優良な老舗
ならば今後も継続できるでしょうし、商売の神様は常に需要があれば供給
はなされるものとしておられます。自分たち一人一人がどういうものを
どういうところでどれくらいの値段で買うのか、ということがどのような
世の中を作るのかというところにつながるのだ、というところまでを
なんとなく意識できるように皆がなれば良いのにな、と思います。
| | 2005/02/15 6:04 PM |
 レポートやアンケートを頻繁にとっていますが、今の学生たちの大半はもう、「中小小売店保護」という概念を本で読んだものとしてしか心の中に持っていません。中小小売店は「親がよく行くところ」であったり「小さいころはよく行った」ところであったり。
 店というのは用を足すところである以上、本部の支援を受けたコンビニのほうが便利だと思うのは人情というものでしょう。
| 並河 | 2005/02/15 8:02 PM |
実家が小さな商店街でコンビニを営んでおります。10年ほど前に父の英断で酒屋から転進したわけですが、それ以後の商店街の衰退振りはリアルタイムで目にしてきました。

思うに、昔はお店の人との世間話などのコミュニケーションが買い物の主要目的の一部だった気がします。「肉屋さんの奥さんとちょっとバカ話がしたいので買い物に出る」「近頃顔をみていないのでたまにはお魚でも買ってあげないと」みたいな感じです。

携帯電話等などの拡大で地理的な要因で友人関係強制されることが減少したり、新しく越してくる人が地域のコミュニティとの関係性を望まなくなってきてから、店からコミュニケーションの場としての機能と購買の機能が分離したような気がします。純粋に購買だけで見るとコンビニと小店舗では戦力が圧倒的に違いすぎした。小さい頃は意識してなかったのですがウチも回りのパン屋等に大ダメージ与えていたはずです。

我が家でもいつのまにか、向かいが八百屋なのに態々隣町の大型店に買い物にいくようになりました。このエントリーを読んでて、そういえば向かいの叔父さんの顔をここ数年みていないなと思い、ちょっとさびしくなりました。
| Taka | 2005/02/17 8:47 PM |
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低コスト社会に必要な中小商店
 久しぶりに並河助教授@埼玉大から伝統食のエントリにTBをいただいた。日本のコンビニ前史みたいな話で、非常に興味深い。  1970年にセブン・イレブンが東京の芝
| R30::マーケティング社会時評 | 2005/02/16 11:17 AM |
いらっしゃいませ、こんばんは。
参考になりました。ありがとうございます。
| Dazed Days Bootleg | 2005/02/17 6:48 AM |
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